「みずたま」発売記念SS(桐生尚紀と藤堂アオ)
「ラーメン?」
「そう、ラーメンです」
その日の部活が終わった後、桐生が俺に話しかけてきた。
校門を出ようとしていた俺の背後に、直立不動で立っていた。
学校の近くにあるラーメン屋に行かないかと。
生徒会書記兼、うちのフローター。
こいつは堅物の上に口下手で、うちの部で孤立している。
そして俺は、この学校に来てから、まだ他の部員と放課後に遊びに出かけたことがない。
というか水球部に入って日が浅いこともあって、陽太以外の奴とはあまり話してない。
そんな中で最も話したことがない人物が桐生だ。
「メンツは?」
「俺と先輩です」
「……終わり?」
「終わりです」
まさかそんな筈はない、どこかに部の連中がいる筈だ。
首を伸ばして周囲を見渡したけど、19時を過ぎた校舎前には俺と桐生しかいない。
夕暮れを感じ取った街頭が、ポツンと遠くで灯った。
でもまあ、これを機にこいつと仲良くなれるかもしれないし、ちょうど腹も減ってるし。
しかし、いくら考えても、こいつが俺とラーメンを食いたがる理由がわからない。
じっと桐生の顔を見てみる。
そこに感情の片鱗があったり――――。
「なにか」
――――しなかった。
「いや、いいわ……。じゃあちゃっちゃと食って帰ろうぜ。明日も部活だぞ」
深く考えるといっそう困惑しそうだったので、歩き出した桐生についていくことにした。
ちゃっちゃと食う、ではなく、のんびり食う、にして。
会話をする時間を多めに取るという選択肢があったことに気付いたのは、かなり後だった。
案内された店には、油ぎったオッサンがぎゅうぎゅうに押し込まれている。
時代を感じるテーブルやイスや箸立ては妙にテカッていて、
なめらかな木目の壁にはネギの匂いが染み込んでそうだった。
壁の隅に設置されたテレビでは相撲をやっている。
新聞をめくる音と煙草の煙に囲まれていると、少し老けた気がした。
「……俺の、桐生の第一印象って『なんかオシャレ』だったんだけど」
「学生が、恵比寿のバーで何を食うって言うんです」
「そこまでブッ飛んだとこ行けっつってねえよ。もうちょっとこう……ファミレスとか」
「それが先輩の考えるオシャレですか?」
「悪かったな、庶民派なんだよ」
向かい合って席に座って、味噌ラーメンを2つ頼んだ。
そしたら会話がなくなった。
桐生は頬杖をついて相撲を見上げている。
俺は頭を抱えて話題をひねり出している。
「俺も庶民派の方が気楽なので好きですね」
目線を上にやったまま、桐生がそう呟いた。
空気の悪さを感じてないんだろうと決めつけていたので、
さっきの話の続きだったことに少し驚く。
「というか、今は別に食えれば何でも良かっただけです。……ですが
気取ったものをご希望でしたら、次はそのようにしましょう」
生徒会書記兼、うちのフローター。
こいつは堅物の上に口下手で、うちの部で孤立している。
なのにそんなことを言いながら、いつの間にか相撲ではなく、俺をじっと見ている。
「今日、一緒に来てくれたのはどうしてですか?」
「そりゃ、同じ部活の奴と仲良くやりたくねえ奴なんかいねえって」
水を煽りながら、付け加えた。
「ちょっと回りくどかったな。桐生と仲良くなりたいだけだ。
お前こそ、なんで俺を誘ったの」
桐生も、コップに口をつけながら答えた。
「藤堂先輩と仲良くしたくない人なんていないと思いますよ」
口下手だという認識は間違いだったかもしれないと、思わず笑った。
「ヨイショされて気分良くなったから、じゃあ次は定食屋で。奢ってやろう」
「ありがとうございます」
運ばれてきた丼を受け取る時、桐生の顔が少し赤かった気がするので。
ラーメンを食いながら、いじってやることにした。
2015.05.03 著:休養沢ライチ