「みずたま」マスターアップ記念SS(上村陽太と藤堂アオ)
その日、朝からずっと調子が悪かった。
正確に言うと昨日の夜頃からだったと思う。
身体が丈夫な方だから、風邪は子供がひくものだとおごってさえいた。
しかし今回ばかりは風邪だと認めざるを得ないなとのんきに考えながらも、
どうせすぐ治んだろと気楽に構えていた。
「……あー……」
いつものようにプールサイドにあるベンチに座って、部員の練習を眺めながら。
これはやばいかもしれん、と項垂れた。
「ねえアオ、今の桐生のプレイ……どうしたの」
「……ん? 何が」
顔を上げると、ファイルを抱えた陽太が振り返っていた。
最初は不思議そうなだけのツラだったのに、俺の様子を見た途端に陰が差した。
「具合悪いの」
「……悪くはない」
「ごめん、ちょっとアオ調子悪いみたいだから保健室連れて行くね」
俺の答え方がまずかったらしい。
陽太は俺の手を引っ張って立ち上がらせると、自分のジャージを俺にかけて、
有無をいわさず校舎の方に引っ張っていく。
「ちょ、おい。大丈夫だって、休んでりゃなんとかなるから。おおげさな」
「あんなとこに全裸で近い格好でいたら、良くなるものも良くならないよ」
「別に寒くねえし具合も悪くねえから……っつうか、せめてジャージはちゃんと着ようぜ」
「あ、ごめん、下も穿きたかった?」
「……いや、もういいけどよ」
そもそも保健室の前まで来てしまった。
陽太が競パン一丁なのが気の毒で、何か着た方がいいんじゃないかと提案したんだけど。
「すみません、入ります。……あれ」
中に先生はいなかった。
「うーん、来るまでちょっと待とうか。……ちょっと、アオ」
屋内に入った途端頭がぼんやりしてきて、陽太の言葉が上滑りした。
「…ごめん、なんだっけ」
のろのろと答えると、陽太は眉を寄せて、俺の背中をベッドの方に向かって押す。
「先生に言っておくから、ちょっと寝てな」
ここまで来てしまったら、抵抗する気も強がる気も失せた。
普通に解熱剤をもらって、とっとと練習に戻ろう。
「いらねえ、普通に座って待つ」
「寝て待っても座って待っても一緒でしょ? ほら…」
「いい、一人で寝たくねえし」
「……」
あー、弾みで本音を言ってしまった。
身体が弱ると、どうして心まで弱るのか。
「そ、それは、どういう」
うっそりと陽太を見上げると、予想通り赤面していた。
「そのまんまの意味だよ。お前は寝ねえで待ってんだろ?」
「具合悪くない俺まで寝てたらおかしいでしょ…、じゃあベッドの傍にいるよ」
それならどう?と首を傾げられた。
分かってねえな。
「一緒に寝てくれないなら結構です」
「な、なんで!?」
「そういう時もあんだよ。つか基本そういう時しかねえんだよ俺は」
それも、俺が色んな男を関係を持つ要因の一つかなと、今、何となく思ったりもした。
「……」
陽太は何も訊かなかった。
ただ恥ずかしそうにうつむいた後、覚悟を決めたように俺の手を取って。
自分もベッドに潜り込みながら、俺をそっと横たえる。
「これならいいんだろ」
「……そう」
枕の感触を感じた途端、すうっと心が穏やかになる。
つかまれたままの腕にある手を、何となく握ってしまった。
陽太はピクリと指を跳ねさせて俺をじっと見下ろしてるみたいだけど。
半分まぶたが降りかかっているせいで、どういう顔をしているかが分からない。
「寝ていいよ。ここにいるから」
喋ってくれたから分かった。
いつもの、ふんわりした頼りない顔よりも、ちょっと男前になった時の陽太の顔だ。
「……」
俺は多分笑ってたと思う。
陽太は何も言わずに俺の手を握り返して、綿毛布を肩まで引き上げてくれる。
「ほんと、母ちゃんみてえだな」
「アオが子供みたいなんだよ」
そうかな、という問いかけは声にならなかった。
背中をポンポンと叩かれると急激に眠気が襲ってきて、俺はいつの間にか意識を失っていた。
だからやっぱり、俺は子供なのかもしれない。
2015.04.22 著:休養沢ライチ